http://www.atnak.com/blog/archives/000110.htmlの深夜テレビネタより。

フリーター歴11年、年金は納めていないという女性がインタビューに答えて「督促に応じて30万円納めるんだったらハワイに行ったほうがいいですよ。だって65まで生きて年金をもらえる自信ありますか?」と 賜っている。

 このセリフ、二つの意味に取れるよね。
1.「私は65歳になって年金がもらえる前に死ぬと思うから、年金を払う意味はない。それならハワイに行ったほうがいい。」
2.「年金を真面目に払っても、私が65歳になる頃には年金システムはちゃんと機能していなくなっていて年金はもらえないだろう。だったらハワイに行ったほうが余程まし。」

1については、日本人の平均寿命を考えると、相当の医学的根拠がないとそうは言い切れないなあと思う。
2については、「今真面目に年金を払っていれば老後はなんとかなるよ。」という意見のほうが信憑性に欠ける、払った年金は必ず戻ってくると言う根拠を示すことが難しい、そういう状況になっていると思う。

意識する余地もなく給与天引きで年金が納められている身からすればこの人、年金のことを考えているようで考えてないような、そんな印象を受けた。自分が納める年金は取りあえずは自分のためではなくて世代間扶養、すなわち現在の高齢者扶養が目的であるという原則を見落としている人が多い気がする。そして見返りがないからやらないという考えは社会生活、共存の放棄とも言えよう。一種のvolunteerだ(と思わないとやっていけない)ね、これは。

「意識する余地もなく給与天引きで年金が納められている身」である@nakさんが「一種のvolunteerだ(と思わないとやっていけない)ね、これは。」と書かれている。言うまでもなく"volunteer"とは自発的に何かを行うことであり、意識する余地のない給与の天引きは"volunteer"から最も遠いところにあることなのだが、それでも"volunteer"だとでも思わないとやっていけないということだろうか。しかしいくらそう思おうと努力したところで、明らかにそうではないということが分かっているのだから虚しいだけではないだろうか。

自分が納める年金は取りあえずは自分のためではなくて世代間扶養、すなわち現在の高齢者扶養が目的であるという原則を見落としている人が多い気がする。

「将来自分がもらえること」の保証なくしてその原則に同意できる人は非常に少ないと思います。もっと極端なことを言えば、何事も破綻してから回復するまでには一定の時間がかかるので、自分達が年をとった時になって年金が破綻するよりは、自分達の世代の生活が年金に依存していない間に破綻してくれたほうがこちらとしてはありがたいのです(悪)。だから、個人的にはできるだけ早く年金システムが一度破綻してくれることを期待します(笑)。まあ私が期待しようとしなかろうともはや秒読み段階にかかっているようですが。

破綻させずにまともなシステムを作っていただけたなら最善なのですが、それは期待薄やなあ・・・。

「65まで生きて年金をもらえる自信ありますか?」
と改めて自問してみる・・・ちょっと自信ないかもしれない今日この頃、遊び疲れか!?
あと○○年、生きていく自信ありますか?(^^;)>ALL

 ということは、1なのかな。遊びも度を過ぎると命を縮めるかも・・・。

 それで、答えですが、そんな自信、ぜんぜんないっす(笑)。自信あってもなくても死ぬ時はあっと言う間に死ぬものなので、そんな自信いらないです。一度右向いて、まだ左に向きかえったらそこにあったのは死体だったとか、そんなことだってあるものね。死はいつでもSTIレバーと同じくらい近くにはあると思ってます。まして私みたいないいかげんな人間、人生しんどくなったらすぐ自殺するやろし、一日10時間労働で2週間休日なしで働いたら多分過労死してるやろし。65歳まで生きてるとも思わないし、生きていたいとも思いません。長生きしても、35歳くらいまででいいよ、個人的には(一般論じゃなくて、あくまで私個人についての話)。

 30で死のうと100で死のうと、おいらにはあまり変わりのない話っす。